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翻訳は儲かりません。

翻訳の副業でかんたんに1000万円以上の年収、みたいなキャッチコピーで情報商材やセミナーを売りつけている詐欺まがいのビジネスが蔓延しているらしい。私は90年代の末から20年ほどプロの翻訳者をしている(といってもここ数年は写真や動画での稼ぎのほうがずっと多い)が、翻訳者というのはAIに取って代わられるノリッジワーカーの代表例のようなもので、これほど将来性に乏しい仕事は無いと思う。21世紀に入ってから仕事の単価も落ちる一方だ。

この怪しいビジネスを展開してる人のインタビューをちょろっと読んだ。彼は実際に翻訳業界で働いているらしい。とはいえ35歳なので、景気が良かった時期は知らないだろう。TRADOSがデファクトになる前はもっと儲かる仕事でした。この人が主張するように本当にコンスタントに英日の産業翻訳で一千万円以上毎年稼いでいたのならば大したものだ。官公庁関連の単価が高めの仕事をすべて上流のエージェンシーからコンスタントに受けていれば必ずしも不可能ではないが、正直言って眉唾だ。仕事が正確でもの凄く速いごく一部の人だけが可能な金額だろう。

専門外なので現時点での状況はよく知らないが、特許翻訳専門であれば1000万円を超える売上は(昔は)普通だった。ちなみにフリーランスの場合は売上であって、年収は必要経費を引いたあとの金額を言うので、仮に売上が1000万円以上あっても年収1000万円とは言わない。売上が1000万円を超えると消費税の納税義務が生じるので、1000万円をちょっと超える売上というのは実は損だし、無駄に年収を上げても納税額が増えるだけでたいして豊かにならない。仕事に対する報酬で稼ぐフリーランスは時間を売っているような商売なので、大事なのは時給に換算した額です。一年間フルに働いて1000万円の人よりも、3ヶ月で500万円稼いで、あとは好きなことだけしてる人のほうが、遥かに豊かな生活をおくれます。

ちなみに彼が言うにはAIの翻訳はまだまだ使い物にならないので、あと20年は翻訳で稼げるそうだ。数年前までは私も似たようなことを考えていた。翻訳業界は沈みゆく泥舟だが、あと10年ぐらいは平気だろう、と(さすがに20年とは思わなかった)。仮にAI翻訳のブレイクスルーがあるとしても、それは英語と中国語のような需要の大きい言語のみだとうと考えていた。日本語は衰退していく一方だし、大して儲からない割には言語の特異性も強いのでもうしばらくは平気だろう、と思っていた。しかし、「みらい翻訳」を試してみて考えが変わった。すでにそこそこ英語ができる学生よりも質が高い下訳をAIが作れるようになっている。

ある意味、すでにプロレベルの技能がある翻訳者にとっては稼ぎ時とも言える。みらい翻訳を下訳のツールとして使えば、通常の2倍前後のペースで仕事をすることも不可能ではない。実際にそうやって原文で日本語8000文字程度の日英翻訳を一晩(5時間程度)で仕上げたことがある。が、それはあくまでも一時的なことで、AI翻訳ツールを使う前提で更に単価が下げられるだろう。ちなみにその詐欺サイトにはTOEIC500-600でも大丈夫、とか書いてあったが、そんなレベルの人が今から翻訳者を目指してもAIに追いつく可能性は非常に低い。この人は自己紹介で「マイクロソフトやアップル、ソニー、ポルシェなどの超大手企業」の仕事をしたことを自慢気に書いているが、プロの産業翻訳者だったら誰だってこの手の企業の仕事をしたことがあるだろう。大事なのは上流でそれらの仕事をつかまえることだ。この業界はただ他の業者に丸投げするだけの中間搾取業者が多い。下流のエージェントの仕事は最悪で、案件に関する質問をしても元請けまで届かないし、納品物をチェックする能力も無いので、存在する意味がまったくない。

IBMのディープブルーが当時のチェスの世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフを破ったのが1997年。それからしばらくの間は人間とAIの協業が一番強かったそうだ。が、数年ほど経つと人間が介入する余地はまったくなくなったという。翻訳の世界もそうなるだろう。しばらくの間はAIが吐き出した翻訳を納品可能なレベルに修正するのが翻訳者の仕事となる。その「しばらく」が5年を指すのか10年を指すのかはわからないが、いまから翻訳者を目指す、というのはとてもではないがおすすめできない。この仕事は近い将来になくなります。少なくとも必要とされる人間の数は大幅に減る。

この人ももはや稼げなくなることを悟って、こういう詐欺まがいのビジネスをして金を稼ぎ、投資などで増やしていくというライフスタイルを選択したのだろうな、と思います。これは翻訳に限りませんが、楽に稼げる仕事に従事している人が、その楽に稼げる仕事を休んで、それを社会に広めるための活動に従事する、なんてことは起きません。引っかかる人は根本的なところで世間を理解できていない。全盛期ほど稼げなくなったモラルが低めの人がこういう商売をやるんです。

楽に稼ぎたい、という考えは別に悪いものではない。楽に稼ぐのは悪だ。苦労して稼ぐのが真人間だ、みたいな考えが日本には根強いみたいですが、それが生産性の低さの一因になっているように思われます。しかし、楽に稼げる具体的な方法を他人からそのまま教えてもらえると思っている人は、考えを改めたほうがいい。

その方法を大多数が実行してしまったら、もはや稼げなくなってしまう、というようなことが世の中には多い。人が知らないニッチを見つけ出した人が楽に稼げるようになる。みんながそこを目指すようになったら儲からなくなるので、見つけた人は当然だれにも教えません。が、世の中にはそこそこ聡い連中がたくさんいるので、黙っていてもそのうちバレます。そのタイムラグの間に先行者としての地位を不動のものにする必要がある。行動力があれば二匹目のドジョウも狙えます。が、この手の情報商材やセミナービジネスが現れるのは500匹目以降の話なので、もはやチャンスはありません。

自分が楽に稼げる方法を思いついて、実際に結果が出ていたとして、それを他人に吹聴してまわりますか? ちょっと考えればわかると思う。楽に稼ぐことは悪いことではないし、楽に稼ぐ方法もある。が、それを餌に釣っているビジネスはほぼ全部詐欺です。逆に言えば、その手の人達が出現した段階で、そのビジネスはもう旨味がなくなっている。

今ごろ翻訳が儲かるなんて話を聞いて、信じちゃってる人たちは相当ずれてます。おそらくほとんどググらない人たちでしょうから、この記事を読むことはないでしょう。ちなみにググらない情弱の人は本質的に翻訳にはまったく向かないので、まともな翻訳者になれる可能性も低い。翻訳者にとって語学力以外で大事になるのは、専門知識と検索力と想像力です。

ちなみに私はバックパッカー時代に英語をおぼえて、ITバブルの頃に帰国して翻訳者になりました。英文和訳が儲からなくなって、産業翻訳における原文の英語の質が劇的に悪化したので、2004~2006年頃に和文英訳に転向しました。一週間に60万とか、月に200万以上稼げた時期もありましたが、基本的にこの業界は衰退する一方です。もう駄目だと見切りをつけて、当時趣味としてはまっていた写真を仕事にしましたが、写真業界も落ち目なのにすぐに気がついて、今は動画での稼ぎが主な収入源です。1971年生まれで今48歳なので、年金をもらえるようになるのは早くて70歳、下手をしたら75歳でしょうし、国民年金なので仮に貰えるようになっても生きていくのに十分な額はもらえません。2002年からずっとフリーランスなので、いまさら会社勤めは無理ですし、絶対に嫌です。会社勤めや通勤が物凄く嫌いだから今までフリーランスを続けてこれたのでしょう。このあたりを苦にしない人は、フリーでちょっと苦労したらすぐに勤め人に戻る。他の生き方ができないから、仕方なくこの生き方をしているだけ、とも言える。

正直言って、動画の世界もどうなるのかわからない。最終的にはAIが作るCGが広告用の写真や動画の大半を占めるようになるかもしれない。10年後の段階だとまだ平気だと思いますが、20年後だとわからない。いろいろと悩ましいです。が、そういうのも含めて自分次第なのがフリーランスの楽しいところだと思います。決定的に追い詰められない限りは、ゲーム感覚で楽しめます。

今の若い人は大変です。たぶんどの仕事を選んでも老人になる前にAIに取って代わられることになるでしょう。弁護士や弁理士なんかはもうすでに危険水域に入っています(なので特許翻訳も当然安くなるでしょう。すでになっているかもしれない)。30~50年というスパンで考えれば、アーティストや小説家のような仕事ですら危険。でも新しい職業が誕生する可能性もあるし、働かなくても生きていけるようになる可能性もあるので、必ずしも悲観する必要はないかもしれない。最後に残るのは場末のスナックのママみたいな仕事だって話もあるようです。

若い人へのアドバイスはとにかく金をためて投資をしろ、というところですかね。投機じゃなくて投資です。Googleは設立された98年から使っていて、Amazonも日本で利用できるようになったらすぐに使ったのに、両社とも上場時に株を買わなかった。だからこの歳になって金銭的な苦労をしているんですよね。投資して稼ぐ人間とただ仕事をして稼ぐ人間、その差は広がる一方でしょう。また、利益のために働く人間と、報酬のために働く人間の差も広がります。フリーランスと言っても二種類あって、私はずっと仕事の対価としての報酬を受け取るだけのフリーランサーでしたが、今は如何にしてパッシブインカムを増やすか、というのを主題にして活動しています。

いずれにせよ。あなたも私も資本主義社会で生きていかなければならないのです。ポスト資本主義のビジョンがあって革命家として生きるのであれば別ですが、そうでないなら(きっとそうでないでしょう)資本主義社会のルールや常識や定石を若い段階で覚えたほうが絶対に良い。ルールを覚えようとしないで将棋を指して、負けて文句を言っているような人が世の中には物凄く多い。そしてその失敗を社会や国のせいにする。ゲームするときは、まずチュートリアルをしてゲームの基本を覚えましょう。

Memsourceを使ってみた

久しぶりに翻訳の仕事を受けたら、TRADOSじゃなくてMemsourceというクラウドベースの翻訳ツールの使用を指定された。
と言っても翻訳業界の外の人にはなんの話だかピンとこないかもしれない。SDL社のTRADOSというのは私が翻訳業界に入った20世紀末に出現して、あっという間に業界のデファクトスタンダードになった翻訳支援ソフトなのだが。結構お高い割にはバグが多いソフトで、コンコーダンス(訳語検索)なんてついぞ使いもになることがなかった。しかしながらデファクトなので仕方なく最小限の頻度でアップデートしてきた。最初に買ったのはTRADOS FL5でいまだにTRADOS2011をしぶとく使い続けています。
 
もう10年ぐらい前からずっと英訳を担当してる某医療機器の新規ドキュメント案件が発生して、慣例的に私のところに依頼が来た。私にとってはおなじみの案件なので特殊な用語も割と楽に対応できるのだが、今回からTRADOSではなくMemSourceを使用してくれとエージェントに頼まれた。
この年齢(先日47歳になりました)になると、人間多少は保守的になるもので、使ったことがない製品に対応するのは少々面倒くさい。しかし、キャッシュフロー的に受けておきたいタイミングだし、このエージェントとは長年に渡って信頼関係を築いているので、受注することにした。
で、Memsourceをちょっと使ってみたのだけれど・・・、これ素晴らしいです。
まず第一にMacで産業翻訳ができちゃう。TRADOSを使うためだけにVMWare FusionとMS Windows&Officeを購入していたのですが、その必要がない! 拍手!
しかも翻訳者はクライアントソフトを購入する必要がない。ブラウザでも作業できるし、Mac用のデスクトップアプリ(無料)もある!
素晴らしすぎるでしょ、MemSource。まだ使い込んでないけど、今のところは大絶賛しちゃいます。はやくTRADOSに取って代わってデファクトスタンダードになってほしいなぁ。
使っているときにたまに上書きモードになってしまうときがあります。上書きモードと挿入モードの切替はWindowsならばInsertキーでできますが、MACの場合はOption + oで切り替えます。

初めてMemsourceを使う翻訳者さんはこのあたりをチェックすると基本的な使い方がわかります。

日本人の英語が通じない元凶:「ホ」の呪い

いわゆる5W1Hというのをご存じだと思います。英語では”Five W’s and One H”なんて言いますが、情報伝達の鍵を握ると言われる以下の6つの言葉のことです。

what(何), who(誰), when(いつ), where(どこ), why(なぜ), how(どのように)

中学生のとき、私はこれらの単語を英語の先生から次のようにカタカナ発音で教わりました。

what(ホワット), who(フー), when(ホエン), where(ホエアー), why(ホワイ), how(ハウ)

whoとhowについてはいいでしょう。しかしwhat, when, where, whyについてはこれじゃ通じません。リンクを張っておいたのでCambridgeのオンラインディクショナリーでネイティヴの発音をチェックしてみてください。

what(ワット), who(フー), when(ウェン(より正確にはヱン)), where(ウェア(ヱア)), why(ワイ), how(ハウ)

このように覚え直しましょう。これだけで劇的に通じるようになります。whenとwhereに関してはア行の発音ではなくちゃんとワ行の発音になるようにリンクされたページでチェックしてください。「ゐ」と「ゑ」を日本語に復活させたら英語の発音がすこし簡単になるのに。

what, when, where, whyはそれぞれ頭に「h」をつけて発音しても問題ありません。つけてもつけなくてもどちらでも正しい発音です。しかしこの「h」はかなり微妙な子音だけの「h」なのです。「h」とこれぐらいの大きさの薄い色のフォントで書いた方がいい感じの「h」。日本人が「h」をつけようとして「ホ」と発音すると、それは「ho」になってしまうのです。そしてこの「ホ」が原因で無残なほど通じなくなってしまいます。日本人の英語教師の大半はこの「h」を正しく発音できません。「h」をつけなければ不正確な英語だというならともかく、どちらでもよいのに好き好んで難易度が高い発音を教えるのはばかげていると思いませんか?

what(ワット), who(フー), when(ウェン), where(ウェア), why(ワイ), how(ハウ)

と覚えるだけで劇的に通じやすくなります。英会話において一番大切なのは質問です。とりわけ自分以外は複数のネイティヴスピーカーというような状況では自分から積極的に質問しないとまず会話について行けません。いわゆるpart of the furniture状態になってしまいます。質問することでトピックが何かをつかむことができるのです。相手も自分のことについて滔々と話すのは気分がいいですし、自分が自分のことについて滔々と話すのは別次元の英語力が必要になります。上級と言われるレベルになるまでは、短いセンテンスの受け答えしかできないでしょう。しかし質問で必須の6つの単語(文法的には疑問副詞または疑問代名詞と呼ばれるもの)のうちの4つが非合理的な教育を通して非常に通じづらくなっているので、質問してもまったく通じない。極めて基礎的なセンテンスなのに何度も聞き直されて、それでも通じないので心が折れてしまった人もいるのではないでしょうか。残り一つの疑問代名詞「which」も「ウィッチ」と発音しましょう。ええ魔女を意味する「witch」と同じ発音です。無理して「h」をつける必要はありません。

とにかく質問、よくわからなかったらまた質問。それを繰り返すことで経験値が得られます。通じる英語を覚えましょう。

どうやらこの「『ホ』の呪い」未だに学校の英語教育で続いているようです。日本における英語教育の現状について聞く度に驚かされるのですが、30年前から殆ど進化していない。私が翻訳者になったときはこれからの若い子はみんな英語がぺらぺらになるから将来的には翻訳者なんて必要なくなるだろう、なんて言われましたが全くの杞憂に終わりそうです。AIについてもまだ論外なレベル。いちばんの脅威は激安レートで翻訳する途上国のマルチリンガルたちですが、クオリティで勝負するならば大丈夫です。ああ日本語が公用語の途上国がなくて良かった。閑話休題。繰り返しになりますが、とにかく5W1Hに関しては次のように覚えましょう。

what(ワット), who(フー), when(ウェン), where(ウェア), why(ワイ), how(ハウ)

30年前の自分にこのブログを見せたいぐらい(笑)

日本政府は国語の時間を削って英語の時間を増やしたり、英語の授業の開始学年を早めたり、といろいろ対策を練っているようですが、ちょっと的外れなことをしている印象があります。もう少し実用性を重視してほしいですね。「h」を頭につける発音もあるけど、正しく発音するのは難しいので無理につける必要はまったくありません、って教えればいいだけの話。こういうのを積み重ねていきません?

ああ、あと映画の配給会社やレコード会社の人も邦題に「ホエン」とか使わないで欲しい。日本人の英語力低下の温床になっています。

P.S. whileやwhiteついても同じです、発音はホワイル(hwail)・ホワイト(hwait)ではなくワイル(wail)・ワイト(wait)と覚えましょう。