月別アーカイブ: 2015年8月

南アルプストンネル着工について思うこと

JR東海、リニアを本格着工 大成建設など最難関の南アルプストンネル施工へ

何度か撮影のために登っているので南アルプスには愛着を感じる。本州最後の秘境といったところで、ここに巨大なトンネルを掘ってリニアモーターカーを通すという。記事には25kmと書いてあるが、ほとんど切れ目なくトンネルが続くので実際には3本のトンネルの総延長は52kmになる。

山梨に設置した実験線の工事が原因で地下水が枯れたことが問題になったが、これが通ったらどんな事が起こるのか誰にも予想がつかないだろう。残土の処理はかなり絶望的で、計画によると二軒小屋までダンプを入れて運ばせるつもりらしい。実際に登山などで南アルプスに行ったことがある人ならご存知だと思うが、二軒小屋というのは大変な秘境である。畑薙ダム横の沼平ゲートより先の林道は一般車が通行できない。私はこの林道を椹島まで歩いて赤石岳に登ったことがある。ダム関連の車や東海フォレストの車だけが通るのだが、ところどころ崩壊しかかっていてとてもではないが10t級のダンプが通れるような道ではない。そんな林道を30ー40kmほど北上したところが二軒小屋だ。ということはこの林道を数十キロにわたって工事して、ダンプが通れるようにしてからでないと二軒小屋を拠点にした残土処理はできないということだ。

その林道の整備工事だけでも既に未曾有の環境破壊だと思うのだが、そこから本番が始まる。JR東海の計画によると、大量に発生する残土で2000m級の渓谷を埋め立ててしまうつもりだという。この自然破壊の凄まじさは、辺野古などの比ではなく日本建国以来群を抜いて最大ではないだろうか。しかしながら何故か日本の知識人の多くは沖縄については大騒ぎするのに、南アルプスについては傍観している。

ものすごく便利になるというのならばまだ分かるが、実際にはかなり深い地下を走るのでドアトゥドアで考えるとたいして変わらない。1駅ぐらいだったら大江戸線に乗るのが馬鹿らしいのと同じだ。品川・名古屋間は現在のぞみで最短1時間30分だが、これが40分になるという。確かに速いように思えるが、これはあくまでも乗車している時間だ。そこから地上に出たり在来線に乗り換えるのに新幹線より余計に時間がかかる。今現在、品川駅から新幹線に乗っている人にとってはそれでも少し魅力的かもしれないが、乗り換えの手間や時間を考慮すると、東京駅や新横浜駅から新幹線に乗っている人にはメリットは殆ど無い。

大地震で東海道新幹線が使えなくなった場合のバックアップとしての機能も建設の大義名分だが、日本最大の活断層があるフォッサマグナが通った南アルプスのトンネルは大地震の際には同時に破壊されてしまう可能性もかなり高いだろう。バックアップなら北陸新幹線を充実させたほうが合理的なはずだ。

更にリニアという技術は既に時代遅れだという意見もある。消費電力が新幹線よりもずっと多く3倍ほどの電力を消費するという。どう贔屓目に見積もっても既存の新幹線よりも遥かに消費電力が大きく、その割にはたいして速くならない。かなり効率が悪い技術で、時代の流れに完全に逆行している。増えた分の消費電力をどうやって補うのかというのも不明瞭で、原発の再稼働や新規建設が結局必要になってしまうのではないかと懸念する。

そもそも事業として採算がとれる可能性が極めて低い。日本の人口はどんどん減っていくのに、リニア新幹線は東海道新幹線と減っていくパイを食べ合う。そして両方共経営するのはJR東海なのだ。今は優良企業のJR東海だが、分不相応なリニアの工事で莫大な借金を抱えることになるので、リニアが開通する頃には倒産の危機になっているかもしれない。KATSUMIがIt’s my JALと歌ってた頃の日本航空は超優良企業だった。その場合のツケは国民にまわってくるのだろう。公金による救済。結局、税金で作るのと変わらないという話になる可能性は高い。

一番の問題は国民的な議論が全くされていないのに、なし崩し的に工事が始まってしまうという点だ。たぶん多くの人はリニアが通って便利になるなら良いじゃないという感じで、メリットとデメリットを冷静に分析している人は殆どいないのだろう。かくいう私も南アルプスに登るようになって、初めてこの問題に興味をもった。最初は山梨にリニアの駅ができたら便利になるかな、などという素朴な感想だった。ちなみにこれも各駅停車のリニアは1時間に1本程度の予定なので途中駅がある神奈川、山梨、長野にとってはたいして影響なく、地方経済活性化の切り札になるとも思えない。少なくとも私の住んでいる富士吉田市から新宿に行くなら今までどおりバスに乗ったほうが遥かに便利だ。

さんざん理屈を述べてきたが、南アルプスに登って壮大な悪沢岳の山容を眺めていると、理屈ではなく感覚的にこの山に穴を開けるのは絶対に間違っているという気持ちが湧き起こる。昔の日本人は自然を神として崇めたが、いまの日本人には自然を畏敬する心が無いのかと思うと残念な限りだ。

もちろん私だって現代文明の恩恵を受けて生きている。車にも乗れば電気も使う。そりゃ便利な方がいいに決まってる。しかし、リニア新幹線に関しては、少しだけ便利になるために支払う代償があまりにも大きく割に合わないと感じる。便利なだけでなく、より自然と調和した持続可能な社会を日本には目指して欲しい。