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田舎暮らしは本当に悪夢なのか?

恐怖の実話!悪夢と化した「夢の田舎暮らし」という東洋経済オンラインの記事がプチ炎上しているようだ。東洋経済オンラインとしてもアクセスを集めたほうが広告収入が増えるだろうから、わざと極端な事例を取り上げてセンセーショナルな見出しを掲げているのだろう。ビジネスだからある程度は仕方がない。が、実際に東京都から山梨県に引っ越してきた身としてはちょっと釈然としない点もあるので、自分の体験談と考えを書いておきたい。

私が富士北麓に住んで5年が経過した。なんだまだ5年か、と思うかもしれないが、自由業の気楽さから、私は飽きるとすぐに住居を変えてきたので、5年間同じ地域に住むのは珍しい。富士北麓に引っ越してくる前は新宿に住んでいたし、その前はイタリアのローマに住んでいた。現時点ではこの地域での生活を気に入っていし、満足もしている。

たぶんこの問題は、小さな子供がいるのか、地元で就職する必要があるのか、という点が重要なファクターになると思う。私のようにもともとが翻訳者で写真家およびビデオグラファーとしても収入を得ている自由業者で、しかも子供がいない場合、地元との接点は限りなくゼロに設定できる。あるいはSNSや趣味等を通して知り合った同じ地域の住民とゆるく付き合う程度で問題ない。ちょっと特殊なケースなので、参考にはならないかもしれない。つまり私の場合は、本質的にどこに住んでも大差ない。

でもこの記事を読んだ人が山梨県全体に対してネガティブな感情を抱いて、移住先から除外してしまうようだとちょっと悲しい。少なくとも私の経験の範囲内では嫌なことは殆どない。強いて言えば冬の寒さが厳しすぎるのが嫌だが、夏が涼しいので仕方がない。

あまり地元の人達との接点はなかったが、例外として大家さんがいた。この東洋経済オンラインの記事の人はろくに調べもせずに地縁もない場所にいきなり家を買って、それでうまくいかないと不平不満を漏らしているようだが、どうなんだろう? ちょっと慎重さが足りないんじゃない? 私はとりあえず賃貸を借りましたが、正解だった思います。

富士吉田では大明見地区に住んでいました。ここは昔は独立した町だったそうです。富士吉田界隈に詳しい人はわかると思いますが、吉田の中でも周辺部で上吉田・下吉田あたりよりもより田舎度が高い地域です。大家さんはそのあたりの旧家だったのですが、そこでワンックション入ったおかげで、地元の面倒な用事はまったく入りませんでした。消防団も近所に建物があったけど、まったく勧誘もされなかったし、ゴミも普通に捨てられたし、特に大きな問題はありませんでした。

たぶん祭りとかに積極的に参加したい人とかは寂しいんでしょうが、無理ですよ。そんなの。大船駅の近くのギリギリで横浜市栄区内に住んでいた頃、地元神社の祭りにちょっと顔を出したことがありましたが、そこですら完全によそ者扱いで疎外感を感じるような状況でした。温かくコミュニティに迎え入れてもらいたいけど、いろいろと面倒な義務を負うのは嫌だってのは勝手すぎるでしょう。面倒なのなしが良いです。

大明見の生活での唯一の問題は暴走族。毎朝必ず家の前の交差点で爆音をふかしていました。それだけは本当に嫌でしたね。冬場になると路面が凍るので来なくなるのが救いでしたが、その分寒かった・・・ 彼らの徘徊ルートとか住んでみないとわからないですから、とりあえずは賃貸がいいですよ。田舎には暴走族がつきもので、親子二代ってのが普通ですから。自分の子供の中学校の卒業式のために特攻服を親が用意したとかいう話も普通にあります。東京から来た人間の感覚では極めてダサいのですが、彼らは未だにかっこいいと思っているようで、この調子で行くと、3代、4 代・・・と代を重ねて歌舞伎のような日本の伝統になってしまうかもしれません。

その後は山中湖村の別荘地に引っ越しました。結局、別荘地に落ち着いた、という点ではこの人と同じですね。家の場合は知り合いに別荘送を売りたがっている人がいて、一年ほど賃貸で住んで、購入を決断した場合はその間の家賃を頭金にするという条件で借りました。とりあえず賃貸で住んでいる間に地元での情報網を作り上げておくと、こういうお得な話もみつかります。賃貸で気をつけるのは入居前にしっかりと写真を撮っておくことですね。この地域では容赦なく敷金プラスアルファを請求してくるケースがけっこうあるようです。

で、別荘地での住心地はどうかというと、更に良いです。本当に自然の中だし、ゴミは24時間何時でも出せるし、管理費もそれほど高くない。山中湖村は富士吉田より更に寒いので冬の暖房費で3万円以上かかるのは普通ですが、トータルで考えるとかなり快適です。なによりも嬉しいのは、暴走族や選挙カーが侵入してこないこと。一番の騒音は北富士演習場から聞こえる砲撃の音ですが、個人的にはあまり気になりません。山中湖村の別荘地も湖の北側ではもう少し静かだと思われます。が、坂がこちら側よりも厳しいので、冬場はジムニー必須かもしれませんね。家のあたりだとハスラーでもなんとかなります。

だらだらと書いてしまいましたが、まとめるとこうなります。

・まずは賃貸で住む。

・別荘地または新興住宅地に住む。

常識的に考えて、限界集落になんの縁もない人間がいきなり入っていって、うまくいく筈ないですよね。文化人類学的な好奇心が強い場合は別ですが。上の2点に留意すれば田舎暮らしって結構簡単だと思いますよ。なにしろ今はアマゾンがありますから、まったく不便を感じません。

 

10万年の憂鬱

10万年・・・ ギャグだとしたら秀逸だと思ったがどうやら本気らしい。ホモサピエンスが現生人類に進化したのが20万〜10万年前、ネアンデルタール人が滅亡したのが2万数千年前。人類が文字を発明してからまだ6000年ほど。
 
300-400年は電力会社に管理させるとのこと。へぇ、400年後も既存の電力会社が存在してるんだ。ちなみに400年前って徳川家康が死んだ年です。荒唐無稽とはまさにこのこと。
 
管理って具体的になにするんでしょう。「ここは掘らないでね」って看板が置いてあるだけだったりして・・・

アメリカの軍需産業にしてもそうですが、巨大利権は止まりません。ついにリニアの工事が始まり南アルプスに穴を開けることになりました。リニアの消費電力は新幹線の3倍ですから、下手したら原発は増えるかも知れませんね。

ホモサピエンスがまともに地球を統治できるようになる日は来るのでしょうか? 正直言ってほとんど期待できないような気がします。より進んだ種が現れない限り、40億年続いた生命の歴史も我々が原因で終焉を迎えるかもしれません。

最低賃金、全国平均823円

<最低賃金>時給、初の800円台 16年度全国改定」という記事が出ていた。

上がること自体は良い。けど、まだまだ安すぎるよね。昔の日本は旦那が正社員で、奥さんは専業主婦、子供に手が掛からなくなったらパート、みたいな社会だったから、低めの最低賃金でも良かったけど、今はフルタイムの非正規雇用者も多いし、どんどん増えていく傾向にある。823yen x 8hrs  x 20daysということは月に131680円。ここから所得税、住民税、国民年金、健康保険が差し引かれると最早生きていけない。週6日勤務して、毎日1時間残業すれば、190319円ほどになり辛うじて生きていけるだろうけど、自分の時間がなくなる。向上心のある人が空いた時間を費やして、資格を取ったりスキルを身につけて貧困から抜け出そうとするのもままならない。

順位を見ると一位が東京都の932円で、二位が神奈川の930円、以下はちょっと離れて大阪、愛知、埼玉、千葉、京都、兵庫、静岡と800円台がつづく。家賃に関しては地方が圧倒的に安いのだけど、ガソリン代とかスーパーの小売価格は東京の郊外や埼玉・千葉・神奈川の東京よりのほうが安い(都心は高い)。交通費が支給される場合は、埼玉南部や千葉の西部に住んで東京に通うのが一番コスパが良いのかもしれない。

貧富の差が激しくなれば、治安が悪くなるし、極端な右傾化にも拍車が掛かる。最終的には富裕層も困ることになるだろう。アメリカではバーニー・サンダースが最低時給15ドルを公約に掲げて旋風を巻き起こしたけど、日本もせめて1,000円ぐらいにしたらどうでしょう? 企業の都合で非正規雇用を増やすのならばせめて最低賃金は上げるべきだと思います。

無関心のすすめ

「愛の反対は憎しみではなく無関心」って言うけど、何か一つのことに没頭すると他のことは無関心になっちゃうよね。個人的には憎むぐらいなら無関心でいたい。適度に無関心になって距離をとる事が相容れない人と共存する道だと思う。批判されてもムキにならずに柳に風、そういうふうに生きていきたい。実際には修行が足りないので、批判されると脊椎反射で怒っちゃうんだけどね。でも性格的に怒りが持続しないようにできているらしく、長期に渡って憎しみを募らすようなことはない。

そもそも全ての存在を平等に愛するなんて私には不可能だ。それは多くの人にとっても同様だろう。だが、もし嫌っている人に対して0の愛を与えて無関心を貫き、本当に好きな人に対して大きな愛を与えることができたら、誰も憎まずに生きていける。これならば可能なんじゃないだろうか? まぁ、流石に最愛の人を惨殺されたりしたら無理かもしれない。でもそんな劇的な人生を送っている人は日本ではごく一部だろう。

もし人類の大部分がこうやって何も憎まずに憎む代わりに無関心になれば世界は平和じゃないか。ネットに溢れているヘイトには些かうんざりする。みんなちょっと簡単に人を憎み過ぎじゃないか? LOVE&PEACEを掲げておいて自分と違う思想の人を攻撃する人も散見する。そんなもんLOVE&PEACEじゃないだろう。

私を嫌いな人は私を無視すればいいし、私も嫌いな人を無視すれば良い。合わない人というのは必ずいる。相容れない思想というのも必ずある。憎んで殺してやろうとか思ったほうが愛に近いなんてあるわけ無い。そもそも全人類が同じ価値観や思想で統一されることはないだろうし、もしそうなったら愛の名を語った全体主義による恐怖政治が実態だろう。違いを楽しむ心の余裕がほしい。

世界を良い方向に変えようと思って批判するのは愚策だ。むしろ批判の連鎖が負のスパイラルを起こして世界は悪化する。批判するよりは無関心。人のポイ捨てを批判するならば自分でゴミ拾おう。韓国や中国を批判することを愛国だと勘違いしている人が多いように感じるが、本当の愛国というのは他国の批判ではなく日本の社会への貢献だろう。中国の軍事パレードに参加する自称平和主義者と同じぐらい嘘っぽい。私には偽愛国者と偽平和主義者の鍔迫り合いに見える。おっとこれは批判っぽいな。まだまだ修行が足りない。

人生は短い。嫌いなことを考えている時間を減らして好きなことを考えている時間を増やしたい。私もついつい批判したくなっちゃうことがあるので、これは自戒の念を込めて書いてみた。

Delayed GratificationとInstant Gratification

高年収層は便意我慢する傾向

便意を我慢する人のほうが平均年収が高いというような論旨の記事が出ていた。最初は馬鹿げた話だと一笑に付していたが、どうも気になる。はずがしながら最近だいぶトイレが近くなってしまったのだ。このまま行くと収入がどんどん下がってしまうのではないかという、恐怖心に駆られてこの事についてちょっと考えてみた。

Delayed gratificationというのは心理学の用語で「将来のより大きな成果のために、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力」という意味である。脳科学やポジティブサイコロジーの洋書を読んでいると頻出する単語なのだが、Wikiの日本語ページも無いし、英辞郎にも載っていないところをみると、どうも日本語訳がまだないらしい。

反対の意味の言葉はinstant gratificationになると思う。つまり「将来のことを考えると好ましくないのだが、自己の衝動や感情をコントロールすることができずに、目先の欲求に負けてしまうこと」になるだろう。instant gratificationの追求が極端にひどくなると衝動制御障害 (ICD (Impulse Control Disorder)) と呼ばれる精神疾患を患い、放火、窃盗、病的賭博などの反社会的行動を取るようになってしまうという。

偉人でもなければ精神疾患者でもない一般庶民の大多数は、instant gratificationにしばしば負けつつも、生活が崩壊するほどは負けていない人たちだと思う。たとえばジャンクフードの誘惑にしばしば負けて自分の理想とする体重よりもだいぶ重くなってしまっているとか、ついついリボ払いでクレジットカードを使ってしまい、貯金が一向にたまらないとか、健康を考えると煙草をやめたほうが良いのは分かっているが、どうしても禁煙できないとか、そういう人は多いと思う。

かくいう私ももう少し痩せたいと思いつつBMI27程度のプチ肥満状態が続いている。やはり一番の原因は小腹がすいたらすぐにジャンクフードを食べてしまっていることだろう。つまりinstant gratificationに負けているのだ。

私が自分の人生で一番痩せていた時期というのはインドにいた時期で、思えば当時は修行モード全開だった。断食はもちろん便意や尿意も極限まで我慢していた。あまりやり過ぎるのも、栄養失調や膀胱炎などのリスクがあって問題だと思うが、健康に問題ない程度に行う分にはdelayed gratificationを追求する上での訓練になるかもしれない。

トイレに行くことができずに不本意ながら尿や便を限界近くまで我慢した経験がある人はわかると思うが、あれは我慢している間は大変苦しいのだが、そのぶん放出するときの快感もまた大きい。

もちろん、便意を我慢することと収入との間に直接的な関係は無いと思うが、この習慣によりdelayed gratificationを追求する能力が向上する可能性はあると思う。そしてdelayed gratificationの適用範囲はこのような身体的な欲求に留まらない。

たとえば、医者になりたいので同級生たちが遊び呆けている間に勉強して、医者になってから高収入と社会的なステータスの高さをエンジョイするとか、同僚が通勤途中にスマホゲームで遊んでレアカードをゲットしようと夢中になっている間に、同じ時間を読書や資格勉強に費やして自分自身をレアな人材に育て上げるとか、そいうこともdelayed gratificationの顕れなのだ。だからdelayed gratificationを追求する能力を仮に「DG能力」とすると、便を我慢する習慣がある人は知らず知らずのうちにこのDG能力を強化していて、結果として高収入に繋がっているのかもしれない。

その一方で、大衆がinstant gratificationを求める傾向は年々加速しているようにも思われる。ジャンクフードやインスタント食品の氾濫は言うまでもないが、音楽にしてもヒット曲はイントロや間奏をできるだけ短くして、一番美味しいサビを1分以内に聴かせるようなものが多い。最近のテンポの良いハリウッド映画に慣れてしまうと、過去の名作を見ても途中で手持ち無沙汰になっていらいらして貧乏ゆすりをしてしまったりする。ベストセラー作家の東野圭吾の小説なども素晴らしくテンポがよく、文章の味わいを追求したり、情景描写に余計な文言を割いたりせずに、読者に素早く次のシーンを提供していく。手軽にできるブラウザゲームやソーシャルゲームの流行などもその一例と言っていいだろう。

そう考えると、自分の人生においてはdelayed gratificationを追求しつつ、自分の創作物や自分が提供するサービスは人々にinstant gratificationを提供するというのが、現在の世の中における成功の方程式なのかもしれない。

まぁ、私の人生にはちょっとdelayed gratificationが足りないと思われるので、ちょっとエクセサイズしてみようかと思う。とりあえずトイレにいくのを我慢しながらこの原稿を書いてみました。

“Delayed gratification is the key to success but make sure that your creations or services provide people with instant gratification.” – Yuga Kurita

『やばい』は褒め言葉らしい

「やばい」は褒め言葉? =「婚活」「イクメン」も9割浸透―国語世論調査・文化庁

『やばい』を素晴らしいというような意味を込めて、ポジティブな形容詞として使用する人が、全国民の約25%、20代では約8割、10代ではなんと約9割と若い世代では完全に定着しているらしい。

若い奴等やばい!

と思わず、40代の私としては残り75%の方の定義で呟きたくなるが、言語は生き物だから仕方ないのだろう。何を見ても『かわいい』という形容詞で済ませようとする女にもいらっとさせられるが、そのうち日本語の口語で覚える必要がある形容詞は『かわいい』と『やばい』だけになったりして。そうなったら外国人が日本語を学習するのはだいぶ楽になるね。

なんとなく、ジョージ・オーウェルが小説1984に書いた『Newspeak』的な方角に自主的に向かっているようで、日本は各個人が自主的に没個性的な人間になる全体主義社会なのではないかなどという憂慮すら感じてしまう。が、英語圏でも『awesome』のような元々宗教的な響を持った言葉が『plusgood』みたいなノリで使われるようになって久しいし、ある面グローバルな現象なのかもしれない。強権的な政府が恐怖と暴力を駆使して行う全体主義とは違う、民衆が自主的に自主性を放棄した全体主義みたいなものが出現するのかもしれない。

しかし、これだけネットが普及した社会で、言葉の意義がこんなに綺麗に世代で別れる事実は瞠目に値する。昔はTVなどのメディアが圧倒的な存在感で支配していたので、日本人の没個性的な傾向は、意図的に流行を創始して消費を煽るメディアによるところが大きいと思っていた。が、若い人のほうがTVを見ている時間は短いらしいので、一概にそうは言えないのかもしれない。

デジタルネイティブ世代といっても定義が色々あるようだが、物心ついた時から携帯電話やスマートフォンを持っていて、メール、SMSメッセージ、SNSなどで常に他人とつながってコミュニケートするのが当然だという世代は、良くも悪くも没個性的になって、価値観などを共有しやすく、強固な集合的無意識を形成しやすいのかもしれない。『talking ‘bout my generation』などと歌う必要のないぐらいの阿吽の呼吸で意思を疎通しているのかもしれない。

まぁ、若い子とあまり話してないので、かなり的はずれな意見かもしれません。単なる思いつきでございます。とりあえず、『やばい』のこの定義は、他の世代には通じないという自覚を持っていただければ、それで結構です。

南アルプストンネル着工について思うこと

JR東海、リニアを本格着工 大成建設など最難関の南アルプストンネル施工へ

何度か撮影のために登っているので南アルプスには愛着を感じる。本州最後の秘境といったところで、ここに巨大なトンネルを掘ってリニアモーターカーを通すという。記事には25kmと書いてあるが、ほとんど切れ目なくトンネルが続くので実際には3本のトンネルの総延長は52kmになる。

山梨に設置した実験線の工事が原因で地下水が枯れたことが問題になったが、これが通ったらどんな事が起こるのか誰にも予想がつかないだろう。残土の処理はかなり絶望的で、計画によると二軒小屋までダンプを入れて運ばせるつもりらしい。実際に登山などで南アルプスに行ったことがある人ならご存知だと思うが、二軒小屋というのは大変な秘境である。畑薙ダム横の沼平ゲートより先の林道は一般車が通行できない。私はこの林道を椹島まで歩いて赤石岳に登ったことがある。ダム関連の車や東海フォレストの車だけが通るのだが、ところどころ崩壊しかかっていてとてもではないが10t級のダンプが通れるような道ではない。そんな林道を30ー40kmほど北上したところが二軒小屋だ。ということはこの林道を数十キロにわたって工事して、ダンプが通れるようにしてからでないと二軒小屋を拠点にした残土処理はできないということだ。

その林道の整備工事だけでも既に未曾有の環境破壊だと思うのだが、そこから本番が始まる。JR東海の計画によると、大量に発生する残土で2000m級の渓谷を埋め立ててしまうつもりだという。この自然破壊の凄まじさは、辺野古などの比ではなく日本建国以来群を抜いて最大ではないだろうか。しかしながら何故か日本の知識人の多くは沖縄については大騒ぎするのに、南アルプスについては傍観している。

ものすごく便利になるというのならばまだ分かるが、実際にはかなり深い地下を走るのでドアトゥドアで考えるとたいして変わらない。1駅ぐらいだったら大江戸線に乗るのが馬鹿らしいのと同じだ。品川・名古屋間は現在のぞみで最短1時間30分だが、これが40分になるという。確かに速いように思えるが、これはあくまでも乗車している時間だ。そこから地上に出たり在来線に乗り換えるのに新幹線より余計に時間がかかる。今現在、品川駅から新幹線に乗っている人にとってはそれでも少し魅力的かもしれないが、乗り換えの手間や時間を考慮すると、東京駅や新横浜駅から新幹線に乗っている人にはメリットは殆ど無い。

大地震で東海道新幹線が使えなくなった場合のバックアップとしての機能も建設の大義名分だが、日本最大の活断層があるフォッサマグナが通った南アルプスのトンネルは大地震の際には同時に破壊されてしまう可能性もかなり高いだろう。バックアップなら北陸新幹線を充実させたほうが合理的なはずだ。

更にリニアという技術は既に時代遅れだという意見もある。消費電力が新幹線よりもずっと多く3倍ほどの電力を消費するという。どう贔屓目に見積もっても既存の新幹線よりも遥かに消費電力が大きく、その割にはたいして速くならない。かなり効率が悪い技術で、時代の流れに完全に逆行している。増えた分の消費電力をどうやって補うのかというのも不明瞭で、原発の再稼働や新規建設が結局必要になってしまうのではないかと懸念する。

そもそも事業として採算がとれる可能性が極めて低い。日本の人口はどんどん減っていくのに、リニア新幹線は東海道新幹線と減っていくパイを食べ合う。そして両方共経営するのはJR東海なのだ。今は優良企業のJR東海だが、分不相応なリニアの工事で莫大な借金を抱えることになるので、リニアが開通する頃には倒産の危機になっているかもしれない。KATSUMIがIt’s my JALと歌ってた頃の日本航空は超優良企業だった。その場合のツケは国民にまわってくるのだろう。公金による救済。結局、税金で作るのと変わらないという話になる可能性は高い。

一番の問題は国民的な議論が全くされていないのに、なし崩し的に工事が始まってしまうという点だ。たぶん多くの人はリニアが通って便利になるなら良いじゃないという感じで、メリットとデメリットを冷静に分析している人は殆どいないのだろう。かくいう私も南アルプスに登るようになって、初めてこの問題に興味をもった。最初は山梨にリニアの駅ができたら便利になるかな、などという素朴な感想だった。ちなみにこれも各駅停車のリニアは1時間に1本程度の予定なので途中駅がある神奈川、山梨、長野にとってはたいして影響なく、地方経済活性化の切り札になるとも思えない。少なくとも私の住んでいる富士吉田市から新宿に行くなら今までどおりバスに乗ったほうが遥かに便利だ。

さんざん理屈を述べてきたが、南アルプスに登って壮大な悪沢岳の山容を眺めていると、理屈ではなく感覚的にこの山に穴を開けるのは絶対に間違っているという気持ちが湧き起こる。昔の日本人は自然を神として崇めたが、いまの日本人には自然を畏敬する心が無いのかと思うと残念な限りだ。

もちろん私だって現代文明の恩恵を受けて生きている。車にも乗れば電気も使う。そりゃ便利な方がいいに決まってる。しかし、リニア新幹線に関しては、少しだけ便利になるために支払う代償があまりにも大きく割に合わないと感じる。便利なだけでなく、より自然と調和した持続可能な社会を日本には目指して欲しい。

死後70年まで著作権保護って誰得?

くまのプーさん延命? 著作権保護70年へ最終調整

まず著作権保護期間までTPPで決めるということにいささか驚いたが、現在TPP加盟国の著作権保護期間を70年で統一しようという話になっているらしい。日本での保護期間はいま50年なので20年長くなるのだが、どう考えても長すぎる。

著作権の保護って本来は著作権者のためのものでしょ? 百歩譲って遺族も保護すべしということになっても30年も保護すれば十分でしょう。現行の50年でも長過ぎるぐらいだ。

著作権が切れれば、たとえば自由に朗読してオーディオテープを売ったり配布したりすることもできるし、著作権が切れた作品を自分で訳して新訳版を電子書籍として出版することもできる。著作権が切れた古典を下敷きにして現代版の新しいものを作ることもできる。個人レベルで見れば著作権保護期間が長くなって良いことなんて、権利持っている人間以外には皆無だと思う。そしてその権利持っている人間が著作者の未亡人やら子供だったらまだしも、関係ない人間が経営する企業だったりすると、なんのための保護なのかという疑問が湧いてくるのも至極当然だろう。

著作権を保護するのであれば、現在進行形で活動している人間の著作権をしっかりと保護してほしいものだ。私は写真家なので写真家としての立場で言えば、世界各国の絶景の写真を撮影者に無断で勝手に投稿してFacebookやTwitter等でフォロワーの数を増やし、世間の注目を集め、そのフォロワー数を売りにして出版したりして儲けている人間がいる。当然そのまま出版するわけには行かないので、たいていの場合は出版の段階で安いストックフォトなどに差し替えているようだが、最初にネット上で無断利用された写真の著作者にはびた一文はいらない。絶景地の情報なども他のブログ等からの流用で自分が現地に行って取材したことは殆ど無いくせに平気で出版する。そうやって儲けている人間が罰せられるどころか、賞賛されているのだからまったくもって困ったものだ。そういう連中にひとこと言いたい。お前らは単なる泥棒だ。

そして、そうやって他人の権利を侵害して成功することが容易いことだと知っていても、私は絶対にしない。お天道さまに顔向けない人生は生きたくない。奴らは成功したかもしれないが魂が汚れている。お前らは汚れだ。腐れファッキンサノバビッチめ。

いま現在著作権を侵害されて困っている著作者を助けてほしい!

しかし、実際には生活に苦しむアーティストのことなど知ったことではなく、ディズニーなどを始めとする著作権ビジネスで儲けている会社がロビイストを通して政治家に影響を与えているだけなのだろう。

著作権を侵害しているコンテンツにいいね!したりシェアしているのも大衆。いまだにディズニーのキャラクターなんか(個人的にはミッキーとか不細工で全然かわいいとは思わない。ピカチュウのほうが100倍かわいい)をありがたがって大枚をはたいているのも大衆。結局そういうことなんだろう。民主主義国家の「でき」というのは有権者である大衆次第。だから単なる知識や技術以外の教育が重要になる。一人の有権者として、「馬鹿な民衆」として大企業や政府に都合良く操られることなく、ある程度の見識をもって生きていけるようにしていきたいものだ。

死後の著作権保護期間はもっと短いほうが良い。

ミニ氷河期入りって本当?

地球は「ミニ氷河期」入りか、2030年までに-科学者が警告

バレンティーナ・ザーコバ教授率いる英ノーサンブリア大学の研究者たちは、数学モデルに基づき、太陽活動が60%低下し、地球の気温が急低下すると予想した。

というセンセーショナルな文言が踊っていたので驚いてちょっと調べてみたら、こんな記事を発見した。

話題の「2030年ミニ氷河期説」を研究当事者が「極小期は訪れるがミニ氷河期にはならない」と説明

「確かに涼しくはなるでしょう。でもハリウッド映画のように何もかもが凍りつくような氷河期は来ません」

17世紀に太陽活動が低下した期間を「マウンダー極小期」というそうだ。この期間、ヨーロッパや北米では確かに少し寒くなったそうだが、北半球全体で言うと平均気温では0.1度または0.2度程度の低下でしかなかったらしい。しかも今回の極小期は前回よりも短いので、それほど影響は無さそうです。てっきり10度ぐらい低くなるのかと思っていたので肩透かしを食らった感があるが、よく考えてみれば江戸時代の日本で寒さが原因でバタバタと人が死んでいったなんて話は聞いたことがない。

センセーショナルに書きたてほうが反響があるのでついついそういう方向にメディアは流れるんでしょうね。ツイッターなんかもちょっと大げさな文言で感嘆符を付けて写真をアップするとRT&FAVがいっぱい貰えます。しかし、どうなんでしょうか。受ければそれで良いのか? という疑問もあります。結局、大衆がある程度しっかりしないと民主主義ってまともに機能しないでしょうね。

ちなみにこのザーコバ教授は極小期に少々涼しくなったからといって、地球温暖化対策を怠ってはならないと警告しています。

There Probably Won’t Be A “Mini Ice Age” In 15 Year

 

相続税を支払う必要がある時点で準富裕層以上だという現実

なぜ払う?納得できない税金1位は

R25というフリーペーパーの記事で恐らく対象は30代までの比較的若い社会人だと思う。リストを見てみると3位に相続税が入っている。

【3位 相続税 144pt】
20代だと意識する機会は少ない「相続税」だが、「同じ世帯に暮らして家計をともにしているにもかかわらず税金が発生し納得がいかないから」(30歳)、「家を相続する時に支払う現金がないので、家を売却しなければならないとか、そもそもおかしい」(35歳)など、30代を中心に憤りが多い模様。なお、「破産しそう」(34歳)という人も…。

相続税の基礎控除が『5,000万円+1,000万円×法定相続人の数』だということをどれ位の人が知っているのだろうか? という疑問が湧いてくる。四人家族でお父さんがなくなった場合は控除額が8000万円ですよ。8000万円を超える財産を残した人のみが課税される。一億円資産があっても課税されるのは2000万円です。一般的な庶民は一円も払う必要がない。相続税で大騒ぎする必要があるのは総人口の2-3%ほどしかいない富裕層だけです。知らないんでしょうか?